No doubt alcohol, tobacco and so forth are things that a saint must avoid, but sainthood is also a thing that human beings must avoid. (Reflections on Gandhi)
間違いなくアルコールや煙草類は聖人が避けなくてはならないものだろう。しかし、聖性もまた同様に人間が避けなければならないものだ。
[高橋の視点]
このエッセイでオーウェル は「聖人」の性質を暴く。聖人とは一人ひとりを分け隔てなく、平等に愛することが出来る人。禁欲主義を徹底することが出来、深い友情さえも認めないことが求められる。聖人は嗜好品に代表される俗世的なものを忌避する。しかしその一方で、凡人(人間)が忌避するのは聖性である、というのは実にオーウェルらしい皮肉だ。
ここで皆さんはふと疑問に思われるだろう。聖人というのは通常普通の人間よりも「崇高」な人間であると考えるのが普通である。しかし、オーウェルはそう考えない。
聖人は一人一人を平等に扱わなければならず、特定の個人に友情を注ぐことが出来ない。それと真逆なのが人間で、人間はある意味えこひいきするものだ。AさんよりもBさんの方が好きであるという風に。ただ、これと思った人には、友情、愛情を注ぎ、自分にとってマイナスなことでも進んで引き受けてしまう。ある意味、論理的に考えれば、理にかなっていないことでさえも。酒、煙草類も同様だ。わかっているけど、やめられない、という経験は皆さんも身に覚えがあるはずだ。鬼才、立川談志の落語とは何かという根源的な問いに対する名言を思い出した。曰く、「落語とは、人間の業の肯定である」。
オーウェルは人生を通して、友情や愛情のために自分を犠牲にする人に親愛の情を抱き続けた。オーウェルは聖人であるよりも人間であることを選んだのだ。オーウェルもまた、人間である限り逃れることのできない業を肯定した人だった。
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