『地球星人』 村田沙耶香
この作品は以前から複数の友人から読むように強く勧められていた。村田沙耶香の作品は、一度読み出したら止まらない。タイトルからはナイーブにも牧歌的な世界を想像していたのだが、いい意味で全く別ものであった。
この物語は秋級(あきしな)と呼ばれる長野のある一画で展開する。主人公の名前は奈月、小学5年生。お盆の間だけ秋級に親戚が一堂に会する。奈月は魔法少女で、相棒のピュート(ぬいぐるみ)と常に一緒。その秘密を知っているのはいとこの由宇(ゆう)だけ。由宇はピュートと同じポハピピンポボピア星から来た宇宙人。二人は結婚の誓いを果たし、奈月の祖父の葬式の晩、関係を結ぶ。そのことが家族にばれ、その後二人の仲は引き裂かれる。
時は流れ、奈月は31歳となる。世間の期待に従い、結婚を果たすが、夫の希望で秋級(あきしな)に20年ぶりに帰ることになる。そこで由宇と再会し、奇妙な3人暮らしが始まる。「地球星人」と対峙するために、3人は誓いを立てる。やがて過激な思想を纏った3人は驚くべき行為に到る。
この小説は、社会的通念や常識を揺さぶる。当たり前だと思っていることは本当に当たり前なのか?人は生まれ、仕事をし、結婚し、子供を作る。そのサイクルに疑問を持たないのは我々が洗脳されているからではないのか。子供に期待をかける親、弱い立場にある子供を利用する大人、女性を子供を産む存在としてしか捉えない人々。常識という名の大きな力は弱いものを容赦無く飲み込み、はじく。人々は「工場」で教育され、地球星人になっていく。規格に合わないものは全て烙印を押され、不適合者とみなされる。
この作品では、ジェンダーが中心的なテーマであることは間違いない。ただ、ある一つの価値観だけで異質なものを弾くという傾向はジェンダーに限らず、あらゆる領域に当てはまる。特に日本社会ではそれが顕著だ。誰もが他の人の目を気にし、レールから外れまいと必死になっている。誰かの期待通りに進むことが求められる。この小説の中では、宇宙人であることが「まとも」であり、地球星人こそが「異常」となり、価値観が逆転する。
個人的に長野には思い入れがあるので、長野の風景、風習の描写も見事だった。長野の密度の濃い夜が手に取るように描かれていた。一文目はこう始まる。「秋級の大きな山の中では、真昼でも夜の欠片(かけら)が消えない。」「夜の欠片」、素敵な響きだ。
この作家の作品が次々に世界的ベストセラーになる理由がわかる気がした。
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