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Ikuya Takahashi

『山月記』中島敦

今日から新しい学期が始まった。最初の授業では中島敦の『山月記』を扱った。高校の時に教科書で読んだという人も多いであろう。今回改めて原文、英訳2つを読み比べてみて、新たな気づきがあった。素晴らしい作品というのは読み手の年齢や経験などに応じて印象が変化してくといういい見本であった。

本作品は著者が30歳前後に書かれた作品だが、その文章の完成度の高さには舌を巻く。西洋文学、哲学、中国古典と、幅広い教養が大きな背骨となり、独特な文体と世界観を生み出した。中島敦の漢学の素養にはただただ感嘆する。芥川龍之介を彷彿とさせるような文章だ。このような文章を書ける人はもう今の日本にはいないであろう。 科挙の試験に合格した主人公李徴は役人の仕事を始めるが、詩人として名を残すために、官職を辞する。詩人として大成するのは容易ではなく、家族を養っていくためにもう一度官職に戻ることになるが、自分より劣っている人たちと仕事をすることに耐えきれなくなる。ついに巨大な自尊心は李徴を虎へと変えてしまう。自尊心が膨れ上がり、それが虎となり、知性を食いちぎっていく。人間的な部分が野獣性に侵食されていく。 「己は詩によって名を成そうと思いながら、進んで師に就いたり、求めて詩友と交って切磋琢磨に努めたりすることをしなかった。かといって、又、己は俗物の間に伍することも潔しとしなかった。共に我が臆病な自尊心と、尊大な羞恥心との所為である。」 李徴は自分が成功しなかった理由を自尊心と羞恥心のせいとした。「成功」ということについて考えさせられた。人はたとえ才能がなくとも努力さえすれば、「成功」を勝ち取ることができるのだろうか?李徴の話を聞き出す親友の袁傪は彼の詩についてこう論評する。「第一流の作品となるのには、何処か(非常に微妙な点に於て)欠けるところがあるのではないか。」詩人として大成するためには、努力ではカバーしきれない、何か特別な何か(それに才能という名を与えてもいいかもしれない)も必要とされるのではないか。 この箇所を読んでまだ作家として名が知られていない中島敦本人のことを思った。中島敦は努力の人であったはずだ。もちろん才気にも満ち溢れていた。ただ、まだ何者でもない自分に対する不安と、作品を世に問うことで自分が認められないのではないかという漠然とした恐怖に苛まれていたのであろう。実質上のデビュー作となる『山月記』を含む一連の物語が日の目を見るのは、中島敦が亡くなる年の1942年であった。 「山も樹も月も露も、一匹の虎が怒り狂って、哮(たけ)っているとしか考えない。」 この一文を書いた時の中島敦の心境を思った。教科書編纂の仕事のため、政府から派遣された灼熱のパラオで、喘息に苦しみながら執筆していたに違いない。完全な孤独。自分の才能に対する不安。自分が昔の自分ではなくなっていく感覚。間もなく、世界は中島敦の非凡な才能に触れることになる。非常に短い物語だが、何度も読み返す価値のある作品だ。

 

“The Moon Over the Mountain” by Atsushi Nakajima The new term started with the most representative work of Atsushi Nakajima, a genius writer. What makes his writing distinctive is his expertise in Chinese classics. The protagonist (Li Chang), who is a government official, resigns to pursue his career as a poet. Never succeeding as a poet, he finds himself turning into a tiger. This story makes me think of what is required for people to be successful. Would hard work suffice? Or would talent be a must? “There was a subtle lack that kept the poems from achieving the highest quality.” This phrase of “a subtle lack” sticks in me. This hard-to-define element, something “je ne sais quoi” probably differentiates extraordinary work from fine one. “Timid pride” turns Chang into a tiger. Everybody has a beast inside them which is difficult to tame. We shouldn’t let it get the better of us. What is yours?

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