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Ikuya Takahashi

柳美里 『JR上野駅公園口』

柳美里氏の著作を読んだのはこれが初めてであった。スタイル、テーマとも独特で、もっと読んでみたいと思った。この著作は2020年の全米図書賞翻訳部門で最終候補に選出された。


東北から東京に集団就職してきた人たちの現実が具に描かれている。主人公は福島県出身。家族のために黙々と働き続け、息子と娘にも恵まれる。だが、突如21歳の息子の死に直面する。「おめえはつくづく運がねぇどなあ」という母親の一言。その後妻にも先立たれ、娘家族に迷惑をかけまいと、上京。上野でホームレス生活を始める。





「野球少年が打った硬球が硝子を突き破って入ってくるように、一人息子の死という事実は、毎朝眠りを突き破り、毎夜眠ることを脅えさせた」

上野界隈ではホームレスの人々が多くいるため、賞味期限切れの食べ物や食べ残しなど、手に入れることが容易になるよう、コンビニやレストランが手配しておくという。このあたりの描写がリアルで、取材力の高さを感じた。


行幸啓の度に上野公園の特別清掃「山狩り」が始まる。汚いものは目につかないように排除される。主人公と息子の人生が天皇家の人々の人生とオーバーラップして描かれる。生きた時代は同じでも、お互いの人生が交わることはない。ただ一度、上野公園行幸の際、警備を振り切って、自分のようなものも世の中には存在するのだと、自己の存在を主張したい衝動に駆られる。が、その動きは名状し難い力によって制され、押し止まる。


散文の件から、突然、中年の主婦層の会話、女子高生の会話、サラリーマン達の会話が飛び込んでくる。最初はこのスタイルに違和感があったが、劇作家出身の作家ならではの語り口である。あくまでもリアルに描くこと。冗長ともなりがちな、なんの変哲もない会話の端々を正確に淡々と切り取る。ある程度のかさ(分量)があって、初めて効果を発揮するのであろう。場面が素早く切り替わり、あたかも自分が主人公のホームレスになったかのように、様々な会話が目の前で繰り広げられる。


高度経済成長期の闇の部分を露わにしている作品であると思う。そこに天皇家の側面を加えることでより独特な作品になっている。


柳美里作品をまだ読んだことがない方、おすすめです!



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